マラリアとの闘い (2013年9月) |
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2010年、マラリア感染はおよそ2億人に及び、65万人が死亡したと推定される。死亡した人の80%以上は5歳以下の子供、それもアフリカの子供たちである。マラリア感染症が風土病となっているのは主にアフリカ、西南アジア、東南アジア、中央および南アメリカであるが、気候変動によりさらに感染地域は広がるおそれがあると心配されている。 |
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マラリアは、結核、エイズとともに3大感染症と言われ、その制圧には世界の注目が集まる。WHOを中心にマラリアの予防、治療活動が行なわれている。世界規模で活動しているいくつかの団体と活動内容を簡単に以下に示す。 |
* Bill & Melinda Gates Foundation ワクチン、治療薬の開発などへの資金提供 |
* PATH Malaria Vaccine Initiative ワクチン開発とその普及、RTS,Sは有力な新ワクチン(特に乳児、幼児対象) |
* Medicines for Malaria Venture (MMV) 治療薬の開発とその普及インフラの構築 |
* The Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria 繊維に殺虫剤を練り込んだ蚊帳の配布、治療薬を安価で届ける仕組み構築 |
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現在、マラリア治療薬の主力となっているのは生薬由来のアルテミシニンである。アルテミシニンにはすぐれた薬効があるが、最近になって耐性マラリア原虫が出現し問題となっている。幸いにも、アルテミシニンの誘導体と他の薬剤との新しい混合薬が開発されたので耐性問題にも多少はブレーキがかかると期待されるが、さらに効果的な薬剤を求める努力は必要であり、実際その取り組みは進んでいる。 |
マラリアに対するワクチンの開発には長い歴史があるが、今なお実用的で効果の高いワクチンは開発されていない。そんな中、RTS,Sというワクチンが開発されつつある。昨年、大規模第III相の試験結果が発表されたが、それによればRTS,Sのワクチンを受けた乳児ではコントロールに比べ1/3ほど発症が減少したという。RTS,Sは生物工学的に作製したマラリア原虫のタンパク質とB型肝炎ウイルスの一部、それにアジュバントを加えたものである。さらに、先月(8月)、弱毒化した原虫を丸ごとワクチンにしたPfSPZの第I相試験の結果が発表された。ワクチンを接種した6人のボランティアのうち6人とも発症しなかったという。非常に少人数の試験結果ながら、これまで100%の予防効果を示したワクチンはなかったため、早くも大きな期待が寄せられている。この原虫を丸ごと使用してワクチンにする方法は、すでに1970年代に試されたのだが、その当時大量に原虫を増やし、それを弱毒化してワクチンにすることが技術的に不可能だったため実用化されず、忘れられていたのだった。 |
インドの研究所で、へム合成のための遺伝子をノックアウトした原虫は蚊の中で感染型、sporozoitesになれないことが示された。この成果からへム合成系を標的にした治療薬の開発などが考えられる。新しいアプローチといえよう。このような研究がマラリアとの闘いに勇気を与える。 |
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その他迅速で簡便な診断薬の開発の必要があるなど課題は多いが、それでもマラリアは予防可能で治癒可能である。適切な水の管理をし、殺虫剤を用い、蚊帳を張って寝れば、蚊にさされる危険を極力抑えることができる。現在利用できる薬で充分な治療をすることができる。しかしながら、何故マラリア感染患者をもっと減らす事ができないのか。 |
アフリカの感染地域では公共の診療所に行けば治療薬は無料で手に入れることができる。しかし、そこまで行くには徒歩しか手段のない人々が多い(車も道路もない)。病気に対する知識も診療所も知らない人々も少なくない。そのような人々が歩いて3、4日かかる診療所へ出向くだろうか。また、病気や治療に対する知識が得られたとしても、法外なお金を払わなければ治療薬を得ることができない場合も多々あるらしい。また、診療所や病院に治療薬の充分な在庫がなく入手しにくいこともしばしばあるようだ。それらの問題を解決すべく、どこでも安価で治療薬が手に入れられる仕組みを構築したり、地元で’drug shopkeeper’を養成し、へき地でも彼らが赴いて迅速にマラリアの診断や治療薬投与を行えるようにしたりする取り組みが行なわれている。 |
これらのことからわかる通り、予防法(ワクチンなど)、治療法(特効薬など)の開発は大事だが、開発されたそのワクチンや治療薬をどのようにして診療所や患者など必要な人々に届けるかが実はもっと現実的で重要な課題なのである。これがマラリア患者を減らす一つの鍵であろう。実際に現場で使われなければワクチンも治療薬も役には立たない。 |
映画『World War Z』(本年6月公開、日本では8月)は、突如発生した奇妙な感染症に対する‘ワクチン’を探し求める話だ。‘ワクチン’を探索し製造することも大事だが、それをどのようにして人々に届けるかは、(しかも非常事態の最中に必要な人々に届けなければならない)それ以上に大事なことである。映画はその大事なことが描かれないままで終わってしまう。寂しい限りだ。主演のブラッド・ピットと乳ガン遺伝子検査で注目を浴びたアンジェリーナ・ジョリーの二人は、私財をなげうってアフリカの子供たちのための援助を行なっているので、この大事な問題点に気がついているはずだが、取り上げにくい難しい大きな問題なのであろう。 |
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熱心にマラリア制圧の活動は続けられているが、「患者に予防法、治療法が届いてそれが実施される仕組み」の構築は後手となっているようだ。この仕組みの構築にはマラリア感染地域の人々の参加が不可欠であろう。うまく仕組みができたならば、その仕組みは感染地域以外の人々にも役に立つであろう。なぜなら、新しい感染症にもしも襲われたならば、それは非常に重要なツールとなるからだ。マラリアとの闘いから私たちが学ぶ事はたくさんある。 |